院長エッセイ集 気ままに、あるがままに 本文へジャンプ


日本縮毛連絡協議会


 先日、私が所属している、日本縮毛連絡協議会から連絡がありました。入会時に提出していた私の頭髪の3次元曲率指数が、0.378532で、これは世界で一番美しい巻き毛と言われている、ミケランジェロのダビデ像のものと小数点6桁まで完全に一致しているとのことでした。これまでの世界記録は小数点4桁までだったので、一挙に2桁の更新です。協会がギネス認定委員会に昨年提出していたとのことで、このほどめでたく、ギネス記録として記載されることが(2010年版)決定したとのことです。これに先立って、今年7月に予定されている幕張での縮毛学会と来年1月ジュネーブで開催されるNational Congress of Curly Hair (NCCH)の参加を依頼されました。詳細がわかり次第また報告します。(4月1日)

 私の勤務する病院では、業務の効率化を目指して導入したグループウェアがあり、掲示板機能や院内メール機能が、各コンピュータ端末を用いて利用されている。冒頭の文は、「うれしいお知らせ」というタイトルで、私が全職員向けに発信した掲示板の書き込みで、文末の(4月1日)ということからも分かるとおり、内容は全くのでたらめで、ちょっとした暇つぶしにでもなればというサービス精神の発露である。内容が内容だけに、読み終えた職員全員が、半ばあきれつつも、私のユーモアに顔をほころばせることであろうと内心、期待わくわくであった。が、その日は水曜日の半ドンで午後は業務がなかったこともあり、同僚医師の「なかなか面白かったよ」というコメントのみで、反響はきわめて限定的なものであった。翌日、その理由が判明する。明けて4月2日、午前の外来診療時、ベテランのナースが、つかつかと歩み寄ってきて、「先生、おめでとうございます。ギネスに載るなんて、すごいですね。」と真顔で話かけてきた。あれはエイプリル・フールのジョークだと言うと、しばし絶句。彼女はすっかり信じ込んでいたのである。その後も次々と、「自分も信じてしまった」という怒声、罵声、嘆声が後を絶たない。このままでは詐欺罪になってしまうので、私はその日の午後、再び掲示板に下記のごとく書き込んだ。

「日本縮毛連絡協議会、その後の報告」
 エイプリル・フールのお遊びとして、荒唐無稽の「うれしいお知らせ」を4月1日に掲載しましたところ、予想に反してたくさんの方々が、信じ込んでおられたようで、発信者としては、うれしい誤算でした。ちょっと考えれば、あほらしいジョークと一笑されてしまう内容ではありますが、皆様に楽しんでいただけたことをうれしく思います。よろしければ下記のアンケートにご協力下さい。

あなたは、4月1日に掲示された「うれしいお知らせ」の内容を
@ 信じ込んでしまった。
A 半信半疑であった。
B すぐに嘘と見破った。

 さて、アンケートの集計は、@信じ込んでしまった人 66人、A半信半疑であった人 96人、すぐに嘘と見破った人 31人という結果であった。半信半疑の人でも、多くの人が少し変だとは感じながらも、全くのでたらめとは確信できなかった訳で、この作り話は、作者の予想を遙かに超えて、善良な読者を翻弄したことになる。だまされた人々の心の隙を、もう少し分析的にみてみよう。まず、業務連絡等の比較的お堅い内容が多い掲示板で、このような荒唐無稽の「お知らせ」が掲示されるはずはないという思い込みが、油断を招いたことは想像に難くない。そして、日本縮毛連絡協議会などといういかがわしい組織名も、天然パーマである私の頭髪のイメージと結びつくことによって、ありそうな感じがしてくるではないか。(念のためインターネットで検索してみたが、日本縮毛連絡協議会という組織はヒットしなかった。)さらに、頭髪の3次元曲率指数が、0.378532。難しい言葉で、専門用語っぽかったりすると、深く考えずに信じ込んでしまうことはままあることである。また具体的な数字は、いかにももっともらしく、冷静な判断を狂わせる力を持つことがある。ミケランジェロのダビデ像という、ちょっとアカデミックな記述も、「あ、それ聞いたことがある。私って教養あるかも。」という読者の自尊心をくすぐったりする。次にギネス認定委員会、世界記録達成のくだり。とかく世界記録には誰しも胸躍るものである。どんなものであれ、世界記録であれば、祝ってあげたいという、善良さが仇となる。ギネス記録には珍記録がたくさんあるので、縮れ毛世界一があっても不思議はない。そこを突いてくる作者の狡猾さが我ながら心憎い。もう一度「うれしいお知らせ」を読んでみると、なるほどまんまとだまされた人が、かなりいたことにも頷ける気がする。文章が平明で、気負った所がなく、人の弱みにつけ込んだ巧妙な罠が幾つもあり、自分で書いておきながら、うまいなあと思う。詐欺師になっていたなら、私は大物になっていたかもしれない。

掲示板に書き込まれた、コメントをいくつか紹介しよう。

○ えっ、あれはエイプリル・フールのジョークだったのですか?昨日、うちへ帰って、主人と「吉川先生って、すごいねー」と感心することしきりだったのに。きょうまた主人に話します。「吉川先生って、ある意味もっとすごいねー」って。

○ 怪しげながらも(だから?)、「吉川先生ならありえるかも?」と思わせてしまうお人柄が、功を奏する絶妙さ加減にうならせられました〜(^ ^) 。思わず去年の4月1日の「お知らせ」を検索しましたが、このお遊びは今年初めてなのですね。ぜひぜひ毎年恒例にしていただける事を願わずにいられません!!o(^o^)o

○ すっかりひっかかりました。(笑) 今度、先生にあったら『(世界一の髪の毛を)一本いただきたい!』って勇気を振り絞ってお願いしてみよう。 (笑)

○ ミケランジェロのダビデ像って、ほんとに世界一美しい縮毛なのですか?まんまとだまされたのですが、悔しいので、すぐに嘘と見破ったと答えてしまいました。

○ その日は、エイプリル・フールの日だなと朝から警戒していたのですが、すっかりだまされてしまいました。あとから嘘だと分かり、吉川先生の巧妙な作り話に大笑いをし、気持ちよくだまされエイプリル・フールの日を満喫させてもらいました。
すれ違いざま、私の頭髪をちらと盗み見て、含み笑いをする職員が散見されるのも気にとめず、私が何か言うと、白目がちに目をしばたく職員が増えたことを、むしろ愉快に感じて、「さて来年は、どんなジョークをかっ飛ばそうか?」と思いを巡らす、春の日の昼下がりである。



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